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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)942号 判決 1950年11月14日

控訴人 副検事 本庄功太郎

被告人 竹内吉二 外一名

弁護人 大内正夫

検察官 高井麻太郎関与

主文

原判決を破棄し、本件を豊橋簡易裁判所に差戻す。

理由

検察官の控訴趣意並に被告人両名の弁護人大内正夫の答弁は別紙記載の通りである。仍て按ずるに、指定生産資材割当規則の立法趣旨は、供給の特に不足する資材の有効な利用と経済復興のために必要な物資の計画的生産を図るために、特定の者に用途その他の条件を付して指定生産資材を割り当てることにあるのであるから従つて割当られた指定生産資材は当該需要者の手中においてその必要とした用途に供せられることが要求せられるのであつて、これが他方面に転用せられることは許されないものと解する。此の趣旨に則つて指定生産資材割当規則(以下単に規則と称する)第八条第九条にいわゆる「譲り渡し」「譲り受け」の意味を解釈するならば、後日同種同量のものを返還する約旨で引渡しを為す場合の如く、消費貸借に該当する場合であつても、それは所有権の移転を伴う引渡しであるから原則として規則第八条第九条にいわゆる「譲り渡し」「譲り受け」となるものと解するのが相当である。(因みに臨時物資需給調整法第一条第一項第四号には「譲渡、引渡又は貸与」と書きわけているが、茲に「貸与」とは賃貸借又は使用貸借の如く所有権の移転を伴わざる場合を指称するものと解する)然しながら、消費貸借による物の引渡は所有権の移転を伴うとはいえ、他の売買、贈与、交換等の場合と異り、後日同種同量のものを返還するという点において、特別の考慮が払われなければならない。蓋し行為者において短期間内に同種同量のものを返還し得ることが絶対確実であつて、右立法の趣旨に背馳する結果を来す危険の全然存しないと予期することにつき相当の理由があると認められる場合の如きは、その消費貸借の行為は違法性を欠くものとして、規則第八条第九条違反の罪とならないと解し得るからである。例えば甲乙二人の織物業者が共に同種の綿糸の割当を受け、甲はその需要者割当証明書を以て現物化して綿糸を所持するところ、乙は納期の迫つた注文を受けているにも拘らず、綿糸の登緑販売業者又は生産者側の一時的な都合により今直ちにその所持する割当証明書を現物化することができないような場合、已むを得ず右現物化するに要する短期間の消費貸借により甲から当該綿糸を借り受けるとせば、此の場合甲に課せられた綿糸の用途を阻害する結果を来す危険は全く存しないことが予見せられるのであつて、斯る消費貸借の行為は違法性を欠くものと解すべきである。故に一概に規則第八条第九条にいわゆる「譲り渡し」「譲り受け」には消費貸借による物の引渡は総て含まないとする論はもとより誤りであるが、これと共に、消費貸借による物の引渡は常に規則第八条第九条違反の罪を構成するとなすのも亦消費貸借の特殊性を考えない行き過ぎの論である。今本件において原判決は「被告人舞田敏郎は輸出向のコール天織物製造を企図しそのサンプル用綿糸の割当方を商工省繊維局に申請中であるが、未だその配給を受けるところまで至つていないのに、バイヤーからサンプルの提出を促されていたため、止むなく綿糸を所持している同業の被告人竹内吉二に短期間に返済することを約して本件綿糸を借り受けたものであることがわかる。又当公廷でなした証人小沢專治の証言によると被告人等居住地方では、織物業者間で綿糸の割当があつても、直ぐに現物が配給されないような場合には正式の綿糸を持つて居る人から一時借りるというようなことは慣習として行われている旨が窺われる。右のような場合に於ては予定の物資生産計画に支障を来すおそれはないから、このような場合に指定生産資材割当規則第八条第九条の「譲り渡し」「譲り受け」の中には消費貸借に基く物の授受を包含すると解するのは当らない」と説示しているが、本件記録を精査するも被告人舞田敏郎が果してサンプル用綿糸の割当方を商工省繊維局に申請中であつたかどうか、この点につき記録上明確ではないのみならず、仮りに申請中であつたとしても、「未だその配給を受けるところまで至つていない」換言すれば、未だ割当証明書の交付さえ受けていない、とすれば左様な現物入手の不確実な状況において、他から綿糸を借り受けるのは、原判示認定の「被告人等居住地方に於ける慣習」にも該当しないわけであつて、そのような場合においては寧ろ指定生産資材割当規則の目的とするところを阻害する危険が多分にあるものといわねばならない。即ち原判決の説示並に審理の程度では未だ以て被告人等の本件消費貸借の所為が、前述の意味において違法性を欠くものであるとは認め難い。故に原判決は、規則第八条第九条にいわゆる「譲り渡し」「譲り受け」中には消費貸借による物の引渡は総て包含されないとして、法令の解釈を誤つたか、然らざれば違法性阻却の事由につき審理を尽さずして輙すく罪となる事実を罪とならずと判定した違法ありというべく、結局破棄を免れない。仍て本件控訴は理由あるに帰するので刑事訴訟法第三九七条第四〇〇条本文に則り原判決を破棄し、本件を豊橋簡易裁判所に差戻すべく主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 杉浦重次 裁判官 若山資雄 裁判官 石塚誠一)

検察官副検事本庄功太郎の控訴趣意

原判決は其の挙示の証拠を綜合して、被告人舞田敏郎は輸出向のコール天織物製造を企図し、其のサンプル用綿糸の割当方を商工省繊維局に申請中であるが、未だ其の配給を受けるところまで至つていないのに、バイヤーからサンプルの提出を促されていた為め、止むなく綿糸を所持している同業の被告人竹内吉二に短期間に返済することを約して、本件綿糸を借り受けたものであることがわかると判示し、消費貸借に拠る綿糸の授受を認め乍ら、証人小沢専治の証言によると、被告人等居住地方では織物業者間で綿糸の割当があつても、直ぐに現物が配給されないような場合には、正式の綿糸を持つて居る人から一時借りると言うようなことは慣習として行われている旨窺はれる。

右の様な場合に於ては、予定の物資生産計画に支障を来す虞れはないから、この様な場合に指定生産資材割当規則第八条第九条の譲渡、譲受の中には、消費貸借に基く物の授受を包含するのは当らないとして、各被告人に対して無罪の判決を言渡したものであるが、指定生産資材割当規則に所謂譲渡譲受は、一般経済法規のそれと異ならず売買、交換、贈与、消費、貸借其の他如何なる原因に基くを問わず適法の法律行為に因つて生ずる所有権の移転を総称するものであることは、大審院の昭和十六年れ第一三二八号事件に於ける「同種同量のものを後日返還すべき約旨の下に軌条を借受け其の引渡を受くるが如きは鉄鋼需給調整規則第十三条に所謂譲受に該当する」旨の判例(昭和十六年十月二十三日刑一部判例集二十巻五七八頁)に照らしても明白なるところである。然るに原判決は、本件綿糸の消費貸借による授受を肯認し乍ら、被告人等の居住地方の織物業者間に一時借りの慣習あり、斯かる場合に於ては、物資生産計画に支障を来たす虞れがないと謂い、従つて指定生産資材割当規則第八、九条の譲渡、譲受に包含されないと断定している。然し乍ら仮令判示の如き一時借りの慣習が行われているとしても、経済法規本来の目的が、一般商慣習を打破してまでも強行することを要するものである限り、慣習の観念を容るる余地なく、従つて又右慣習の存在が直ちに物資授受の違法性を阻却する理由なく、而も指定生産資材割当規則の目的とする所は判示の如き物資生産計画に支障を来たす虞れの有無を論ぜず資材の公正なる配分、需給の調整にあるが故に、仮令生産計画に支障を来たす虞れなしと雖も苟くも資材の公正な配分を撹乱する指定生産資材割当規則第八、九条所定の割当公文書なき譲渡、譲受けは、商慣習の如何を論ぜず厳に之を処罰する趣旨なること洵に明白なるところである。果して然らば原判決が判示理由により、本件消費貸借による授受が指定生産資材割当規則第八、九条の譲渡、譲受けに包含されないと断定したのは判決に重大なる影響を及ぼすことが明かである法令の解釈及適用を誤つた違法あり破棄を免れないと信ずる。

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